司法書士くりりんは頑張る受験生を応援します! その9 教育の2020年問題3

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さて、いよいよ本題であるセンター試験の廃止について物申す。

私は、センター試験はマークシート式ではありながら、
むしろそれを活かしたおもしろい良問が多く出題されていたと思う。

政治経済・倫理・現代社会などの科目のリード文は、
大人が読んでも読み応えのある含蓄ある文章が多かった。

理科においても、私が当サイトで引用したような、
おもしろい問題は多く存在した。

安倍首相は「たった一度の記号式テストで受験生の力量を測るわけにはいかない」
とさかんに主張する。
「記号式」「たった一度」という多くの国民が納得しやすい言葉を使った説得方法。

いつもの手法だ。
だまされてはいけない。

マーク式だからダメ、というのはあまりに短絡的思考だ。
実際センター試験は、思考力・判断力・表現力を問うような優れた工夫の見られる
良問が多く、高校教員の評価は高かった。

司法書士試験はマークシートの出題による配点が高い。
しかし、私は丸暗記時代は2回続けて落ち、
思考力・判断力・表現力を鍛えた結果合格した。

一方、司法試験は論文中心である。
しかし、受験生の中には、テキストに書かれている「論証」を
丸暗記して試験に臨む者もいるようである。

試験が論文式になっても、論文丸ごと暗記するだけということもある。
だから、そういう受験生を落とせるように、
思考力・判断力・表現力の優れた者を合格させるように出題を工夫しないといけない。

それはマーク式だろうが論文式だろうが同じだ。
センター試験の代わりに記述式が導入されるとして、採点基準を緩めれば採点者による運不運が、
採点基準を厳しくすれば実質的には記号式同等のテストになるという結果が待っている。

変えるべきは試験ではなくて「学び」のほうではないのか。
論文丸暗記の司法試験受験生と自ら主体的に考えて学ぶ司法書士試験受験生で、
いずれが思考力・判断力・表現力が鍛えられているかは言を俟たない。
試験の形式が問題なのではない。何をどう学ぶかを問うべきなのだ。

教師の力量や学校の組織力という根本を変えずして、
高校生の学力低下、学習意欲低下、そして大学側のさまざまな不備の責任を
すべてセンター試験に押しつける。得意のレッテル貼りである。
その改革にいくら税金を使うつもりだ。
本質的には世界に誇れる優秀な試験をぶち壊した結果、
おそらく(少なくとも運用当初は)少し下回ったものができるはずである。
非常に「残念」な施策というほかない。

センター試験廃止の前に、
弁護士と司法書士の違いがわかり、
社会生活を営む上で物事を法的に考えられる力を育むことのできる
教師の育成とカリキュラムの開発ではないのか。

もっといえば、各家庭が教育に力を注げるように、
貧困の撲滅に向けたちゃんとした政治が先ではないのか。
政治家が女子高生をバッシングするような国が
小手先で入試改革をしても私には明るいビジョンは描けない。

(つづく)

 

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